研究内容

疾患の発症・進展のメカニズムを解明して、創薬や合理的な薬物治療、疾患予防に貢献することを研究理念とし、日本人の死因の多くを占めるがんや心疾患から、生活習慣病を基盤に発症する動脈硬化や認知症まで、様々な疾患を対象に、発症・進展のメカニズムを解明し、革新的新規治療法の開発に資する基礎研究を行っています。


(1) アルツハイマー型認知症における神経血管ユニットの役割

(2) 心血管病における炎症・免疫機序の解明と新規治療法の開発

(3) がん細胞の抗がん剤に対する耐性獲得機構


また、医療現場における薬物治療に関する臨床薬学研究(共同研究)も行っています。


現在、大学院生・ポスドクを募集しています。本学では、大学院生(修士課程・博士課程)に対して、奨学生制度(授業料相当額を給付)やRA(リサーチアシスタント)制度などの経済的支援制度があります(審査あり)。ポスドク・特任助教の給与・手当は本学規定に準じます。研究内容に興味のある方は以下のアドレスにご連絡をください。

n-sasaki@kobepharma-u.ac.jp (担当:佐々木 直人)


研究テーマ「アルツハイマー型認知症における神経血管ユニットの役割」

研究責任者:力武 良行

脳の重量は体重の約2%しかありませんが、脳血流量は心拍出量の約15%と、脳は非常に血流の豊富な臓器です。脳では、血管を構成する細胞や組織(血管内皮細胞、周皮細胞、基底膜)と神経細胞、介在するグリア細胞(アストロサイト、ミクログリアなど)の間に相互作用が存在し、神経血管ユニット(Neurovascular unit:NVU)と呼ばれる一つの機能的ユニットを構成しています。近年、この神経血管ユニットは、脳における重要な生理機能を制御するのみならず、様々な加齢に伴って生じる疾患の発症や進展にも深く関わっていると考えられるようになってきました。例えば、脳血管の閉塞や出血により生じる脳卒中では、神経血管ユニットや血液脳関門(Blood-Brain barrier:BBB)の破綻を生じることはよく知られていましたが、血管性認知症やアルツハイマー型認知症においても、神経血管ユニットや血液脳関門の慢性的異常が生じていることが明らかになってきました。アルツハイマー型認知症などの神経変性疾患の理解のためには、神経血管ユニットの機能調節機構に対するより深い理解が必要と考えられるようになり、注目されています。

私どもは、アルツハイマー型認知症の発症や進展における神経血管ユニット、中でも、血管と神経細胞との相互作用を橋渡しするアストロサイトやミクログリアなどのグリア細胞の果たす役割に着目し、研究を進めています。アルツハイマー型認知症の危険因子は、加齢、喫煙、糖尿病、高血圧、脂質代謝異常など、血管障害を惹起する危険因子とオーバラップしています。これまでの血管研究で得た知見や研究手法を応用して、血管を起点としてグリア細胞を介した新しい視点から神経変性疾患を捉えようと研究を進めています。

最近の研究成果については、

【プレスリリース】脳内老廃物除去機能が低下する原因を発見 及び

【プレスリリース】ミクログリアの機能変容がアルツハイマー病の病態形成を抑制することを解明

をご参照ください。


研究テーマ「心血管病における炎症・免疫機序の解明と新規治療法の開発」

研究責任者:佐々木 直人

社会の高齢化に伴い近年増加している心血管疾患の発症機序を解明し、有効な治療法や予防法を開発することが切に望まれています。私は循環器内科の医師として診療を行ってきた中で、動脈硬化を基盤とした心血管疾患の治療・予防法が現状では十分でないことを実感してきました。動脈硬化性疾患における免疫機序に着目し、その制御による新規治療法の開発を目指して研究を進めています。

重要な生体防御システムである免疫のバランスが乱れることは、自己免疫疾患、アレルギー性疾患、感染症、がんなどの様々な疾患の発症・進展につながります。動脈硬化を基盤とした心血管疾患の病態進展においても、病的な免疫応答による炎症の関与が示されています。炎症抑制性の免疫応答を増強させたり、炎症惹起性の免疫応答を抑制したりすることにより免疫バランスを調整することで、その発症・進展を抑制できる可能性が示唆されています(1, 2)。病的な免疫応答を抑制する機能を持ち、自己免疫疾患の発症の抑制に重要な役割を果たす制御性T細胞(Regulatory T cell :Treg)に着目し、その動脈硬化疾患の病態における役割について明らかにしてきました(3-8)。

Tregを介した免疫応答を増強することにより過剰な免疫応答を抑制する方法としてUVBの波長の紫外線照射に着目し、動脈硬化や大動脈瘤形成に対する抑制作用を見出しています(9, 10)。この研究成果は米国心臓協会の一流学術誌に掲載され、UVB 照射は動脈硬化性疾患に対して、副作用や経済的負担の少ない新規治療法となり得ると期待されることからEditorial にも選ばれ、注目されています。UVB療法は経済的負担が少なく比較的安全な治療法として皮膚科領域で臨床応用されており、動脈硬化性疾患に対する新規治療法として期待されます(11)。過度のUVB照射は皮膚癌や感染症を引き起こす可能性も懸念されますが、病態改善の詳細な機序や効果的かつ副作用を最小限に抑えた照射条件を明らかにすることにより、臨床応用を実現したいと考えています。

Tregなどの炎症抑制性の免疫応答の増強による方法の他に、過剰な免疫応答を抑制することにより動脈硬化性疾患の病態進展を抑制できると考えられます。Tregおよび活性化された炎症性T細胞において高発現し、過剰な免疫応答の抑制に関わる分子であるcytotoxic T lymphocyte antigen-4(CTLA-4)に着目しました。リンパ球特異的にCTLA-4を過剰発現させた易動脈硬化マウスを作製し、この分子がT細胞の活性化を抑制することで動脈硬化抑制的に働く可能性を見出しました(12)。CTLA-4を標的としたCTLA-4-免疫グロブリン融合蛋白(アバタセプト)は関節リウマチの治療に臨床応用されており、動脈硬化性疾患においても治療標的となり得る可能性があります。現在、詳細な役割の解明を目指して研究を進めています。

私達は循環器領域だけでなく、国内外の様々な他分野の研究者とも共同研究を行い、幅広く研究を進めています。心血管疾患の新規治療標的の発見と治療法の開発を目標として、患者に還元できるような基礎研究を行っています。


参考文献

1. Sasaki N, Yamashita T, Takeda M, Hirata K. Regulatory T cells in atherogenesis. J Atheroscler Thromb. 2012;19:503-515

2. Sasaki N, Yamashita T, Kasahara K, Takeda M, Hirata K. Regulatory T cells and tolerogenic dendritic cells as critical immune modulators in atherogenesis. Current Pharmaceutical Design. 2015;21:1107-1117

3. Sasaki N, Yamashita T, Takeda M, Shinohara M, Nakajima K, Tawa H, Usui T, Hirata K. Oral anti-CD3 antibody treatment induces regulatory T cells and inhibits the development of atherosclerosis in mice. Circulation. 2009;120:1996-2005

4. Takeda M, Yamashita T, Sasaki N, Nakajima K, Kita T, Shinohara M, Ishida T, Hirata K. Oral administration of an active form of vitamin D3 (calcitriol) decreases atherosclerosis in mice by inducing regulatory T cells and immature dendritic cells with tolerogenic functions. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2010;30:2495-2503

5. Kita T, Yamashita T, Sasaki N, Kasahara K, Sasaki Y, Yodoi K, Takeda M, Nakajima K, Hirata K. Regression of atherosclerosis with anti-CD3 antibody via augmenting a regulatory T-cell response in mice. Cardiovasc Res. 2014;102:107-117

6. Kasahara K, Sasaki N, Yamashita T, Kita T, Yodoi K, Sasaki Y, Takeda M, Hirata K. CD3 antibody and IL-2 complex combination therapy inhibits atherosclerosis by augmenting a regulatory immune response. J Am Heart Assoc. 2014;3:e000719

7. Emoto T, Sasaki N, Yamashita T, Kasahara K, Yodoi K, Sasaki Y, Matsumoto T, Mizoguchi T, Hirata K. Regulatory/effector T-cell ratio is reduced in coronary artery disease. Circ J. 2014;78:2935-2941

8. Yodoi K, Yamashita T, Sasaki N, Kasahara K, Emoto T, Matsumoto T, Kita T, Sasaki Y, Mizoguchi T, Sparwasser T, Hirata K. Foxp3+ regulatory T cells play a protective role in angiotensin II-induced aortic aneurysm formation in mice. Hypertension. 2015;65:889-895

9. Sasaki N, Yamashita T, Kasahara K, Fukunaga A, Yamaguchi T, Emoto T, Yodoi K, Matsumoto T, Nakajima K, Kita T, Takeda M, Mizoguchi T, Hayashi T, Sasaki Y, Hatakeyama M, Taguchi K, Washio K, Sakaguchi S, Malissen B, Nishigori C, Hirata KI. UVB exposure prevents atherosclerosis by regulating immunoinflammatory responses. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2017;37:66-74

10. Hayashi T, Sasaki N, Yamashita T, Mizoguchi T, Emoto T, Amin HZ, Yodoi K, Matsumoto T, Kasahara K, Yoshida N, Tabata T, Kitano N, Fukunaga A, Nishigori C, Rikitake Y, Hirata KI. Ultraviolet B exposure inhibits angiotensin II-induced abdominal aortic aneurysm formation in mice by expanding CD4+Foxp3+ regulatory T cells. J Am Heart Assoc. 2017;6:e007024

11. Sasaki N. Ultraviolet B irradiation as a novel strategy to prevent atherosclerotic cardiovascular disease. Photomedicine and Photobiology. 2018;39:7-15

12. Matsumoto T, Sasaki N, Yamashita T, Emoto T, Kasahara K, Mizoguchi T, Hayashi T, Yodoi K, Kitano N, Saito T, Yamaguchi T, Hirata K. Overexpression of cytotoxic T-lymphocyte-associated antigen-4 prevents atherosclerosis in mice. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2016;36:1141-1151


研究テーマ「がん細胞の抗がん剤に対する耐性獲得機構」

研究責任者:堀部 紗世

がんは日本人における死亡原因の第1位であり、がんに対する根治療法の確立は急務となっています。がんの薬物療法は、ゲフィチニブなどの分子標的薬やニボルマブなどの免疫チェックポイント阻害薬が登場し、画期的な進歩をとげているにもかかわらず、がんを根治させることは困難です。その原因の一つに抗がん剤治療中に耐性を生じること(獲得耐性)があります。

白金製剤であるシスプラチンは、胃がん、大腸がん、子宮頸がんや肺がんなど様々な悪性腫瘍に対して有効性を示し、また、免疫チェックポイント阻害剤との併用療法にも用いられています(1)。しかし、シスプラチンの長期投与により耐性を獲得し、治療成績が低下することが問題となっています。シスプラチンに対する耐性獲得機構の解析が進められているにも関わらず、シスプラチンに対する耐性を改善する治療薬は上市されていません。したがって、耐性改善薬の開発には、従来の報告と異なるシスプラチン耐性獲得機構の解明が必要であります。これまで、シスプラチンに対して耐性を獲得した細胞において、光線力学療法の有効性を見出し(2)、シスプラチン耐性獲得に細胞周期調節因子の制御異常が関与することを報告しました(3)。しかし、シスプラチンに対する耐性を獲得する機構において、決定的な因子を同定することはできていません。

シスプラチンは、核DNAのみならずミトコンドリアDNAとも結合し、その割合は核DNAより500倍高いことが報告されています(4)。また、ミトコンドリアは、エネルギーを産生するだけでなく、老化、がん、糖尿病、アルツハイマー病など様々な疾患と関連があることが報告されています(5-8)。そこで現在、シスプラチンによるミトコンドリアDNA損傷が、シスプラチンに対する耐性獲得に関与するか検討しています。


参考文献

1. Gandhi L, Rodríguez-Abreu D, Gadgeel S, Esteban E, Felip E, De Angelis F, Domine M, Clingan P, Hochmair MJ, Powell SF, Cheng SY, Bischoff HG, Peled N, Grossi F, Jennens RR, Reck M, Hui R, Garon EB, Boyer M1, Rubio-Viqueira B1, Novello S, Kurata T, Gray JE, Vida J, Wei Z, Yang J, Raftopoulos H, Pietanza MC, Garassino MC. Pembrolizumab plus Chemotherapy in Metastatic Non-Small-Cell Lung Cancer. N Engl J Med. 2018;378:2078-2092.

2. Horibe S, Nagai J, Yumoto R, Tawa R, Takano M. Accumulation and photodynamic activity of chlorin e6 in cisplatin-resistant human lung cancer cells. J Pharm Sci. 2011;100:3010-7.

3. Horibe S, Matsuda A, Tanahashi T, Inoue J, Kawauchi S, Mizuno S, Ueno M, Takahashi K, Maeda Y, Maegouchi T, Murakami Y, Yumoto R, Nagai J, Takano M. Cisplatin resistance in human lung cancer cells is linked with dysregulation of cell cycle associated proteins. Life Sci. 2015;124:31-40.

4. Yang Z, Schumaker LM, Egorin MJ, Zuhowski EG, Guo Z, Cullen KJ. Cisplatin preferentially binds mitochondrial DNA and voltage-dependent anion channel protein in the mitochondrial membrane of head and neck squamous cell carcinoma: possible role in apoptosis. Clin Cancer Res. 2006;12:5817-25.

5. Lane RK, Hilsabeck T, Rea SL. The role of mitochondrial dysfunction in age-related diseases. Biochim Biophys Acta. 2015;1847:1387-400.

6. Pelicano H, Lu W, Zhou Y, Zhang W, Chen Z, Hu Y, Huang P. Mitochondrial dysfunction and reactive oxygen species imbalance promote breast cancer cell motility through a CXCL14-mediated mechanism. Cancer Res. 2009;69:2375-83.

7. Rieusset J. Contribution of mitochondria and endoplasmic reticulum dysfunction in insulin resistance: Distinct or interrelated roles? Diabetes Metab. 2015;41:358-68.

8. Wang X, Wang W, Li L, Perry G, Lee HG, Zhu X. Oxidative stress and mitochondrial dysfunction in Alzheimer's disease. Biochim Biophys Acta. 2014;1842:1240-7.